ポルダ、安らかに.... 2008年5月24日、ポルダはレスカの元へ旅立っていきました。 クッシング症候群と診断されてから約1年、家族全員で付きっ切りの生活を始めてから丸5ヶ月。 8歳3ヶ月25日でポルダはその生涯を終えました。 ![]() ![]() ![]() 艶やかな毛並み、凛々しい風貌、堂々たるボディ......素晴らしい血統を受け継いだ、我が家の自慢のボクサー。 その美しいポルダの体が、日ごとに痛んでいきました。 毎日大量の水を飲み大量のおしっこをして、滑らかだった被毛はバサバサになって抜け落ち、薄く脆くなった皮膚はいたるところが傷ついて化膿しました。 ポルダのそれが、治らない病気・クッシング症候群だと診断された当初、私は泣いてばかりいました。 これから少しずつ弱っていって、やがて死を迎えるしかないポルダが不憫で、すっかり変わり果てていくポルダの姿を見るのが辛くて。 凛として美しかったポルダ.......。元気だった頃のポルダの姿を思い返すたび、涙がこぼれました。 でも、どれほど過去を振り返っても、悲しんで泣いても、「完治しない」というポルダの現実は何ひとつ変わりません。私たちにできることはただひとつ。 ポルダを不安にさせないように、ポルダが安らかにその日を迎えられるように、私たち家族が現実を受け止め、しっかり覚悟をして、いつでも元気でいること。それだけでした。 ![]() ![]() ![]() (2007.12.23〜24撮影) レスカが急逝して5日後の12月23日、突然、ポルダが立てなくなりました。そしてその日から、ポルダと文字通り24時間一緒の生活が始まりました。 翌24日明け方から、ポルダの右後足がみるみる腫れてきました。骨も関節も見えないほど熱を持って腫れ上がったポルダの足、苦しそうな息遣い.....。 あの時は本当に「もうダメなんだ。」と覚悟をしました。家族の誰もが「ポーちゃん、もう頑張らなくていいよ。レスカのところへ逝っていいよ。」と思っていました。 でも、そんな時でもポルダはフードを食べました。残さず食べて、抱き起こすと腫れ上がった脚を引きずりながらも、自分で歩いておしっこをしました。 生きたいんだ。ポルダはまだ生きようとしている!.........そう思いました。 泣いてなどいられません。辛いとも苦しいとも言わず、ポルダはただ懸命に生きています。生きようとしています。私たち家族はポルダに勇気と元気をもらいました。 遂に末期を迎えたと診断されたにも関わらず、ポルダは日に日に元気を取り戻しました。頭ををもたげることさえできなかったポルダが、また自力で立ち上がって歩けるようにな ったのです。そして2008年1月29日、8歳の誕生日を迎えることができましたヽ(^o^)丿 ![]() ![]() ![]() 6:00/食餌・水・排泄 、 10:00/水200ccと排泄 、13:00/水200ccと排泄 、17:00/食餌・水・排泄 、 20:00/水200ccと排泄 、24:00〜1:00/水200ccと排泄 これがポルダの一日でした。 だいたいこの時間になると、元気な頃は自分で起き上がり、立てなくなってからは「おいでおいで」をするように前足を動かして合図しました。 平日は娘たちが交代で、週末は私がポルダと一緒に寝ました。家族揃って外出することも控えたので、この5ヶ月間、ポルダが一人になった時間は殆どありませんでした。 12月18日に急逝したレスカ。私たちは最期を看取ってやることもできず、レスカをひとりで逝かせてしまいました。あの時の深い後悔は今も消えることがありません。 あんなに悲しい思いは二度としたくない......。私たちはレスカにしてやれなかった事を全部ポルダにしてやろうと決めたのです。
![]() (2008.5.20撮影) 4月になると、ポルダは自力で立ち上がれなくなりました。 上体を起こし、前足を踏ん張って懸命に立とうとするのですが、衰えてしまったポルダの下半身はいうことをきかないようでした。 5月の連休を過ぎた頃から、自力では上体を起こすこともできなくなり、日に2〜3回、嘔吐するようになりました。 嘔吐といっても食べたもの全てを吐くわけではなく、フードが何粒か混じっているときもあれば、よだれのような水だけのときもありました。すぐに治まるときもあれば、10〜15分ほ ど吐き気が止らないこともありました。それでも食欲は全く衰えません。抱き起こして立たせると歩きます。一日6回ほど排泄のために庭に出すのですが、庭を一回りしながら一度 に5〜6回ものおしっこをしました。ただ、この頃には後足もかなり弱くなっていて、バランスを崩すと、突然、バタン!と倒れてしまうことが度々ありました。 5月20日、朝。食餌の後、排泄のために庭に下ろすと、ポルダの右肘が脱臼したかのように、力なく大きく開いていました。 後脚をプルプル震わせながら、ポルダはやっと立っていました。いよいよ歩けなくなって、これで本当に寝たきりになってしまうかも.........。 覚悟を新たにしましたが、どんなによ ろけても、ゆっくりゆっくりでも、体を引きずるようにしながらポルダは自分で歩きました。支えようと手を伸ばすと動きを止め、手を離すとまたゆっくりと歩き出すのでした。
![]() (2008.4.27撮影 グレーテルと) この5ヶ月間、私たちはポルダと楽しく暮らしました。 その間、ポルダはだんだん弱っていったけれど、もう私は泣きませんでした。以前のように「ポルダを見ているのが辛い」と思うこともありませんでした。懸命に生きようとする ポルダの姿を頼もしく、愛しく思いながら、家族皆でいつもポルダを見守っていられることが本当に幸せでした。 ポルダは最後の最後まで流動食ではなく形のあるフードを食べ、寝たきりにもならず、紙オムツの世話にもならず、自分で歩いて排泄しました。 優しいポルダが、もっと辛い病状に陥った姿を見せる前に、私たちを気遣って逝ったのではないかと思えます。 「お母さん、もうポルダを連れて行ってもいいでしょう?」 「ポルダ、今までよく頑張ったね。もうこっちにいらっしゃい♪」と、レスカが迎えに来たのかもしれません。 ポルダの病状を心配し、励ましてくださった皆さん、たくさんの温かいメールやお電話を本当にありがとうございました。 心から感謝いたしますm(__)m ![]() |
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