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ペルの死
今から20年前・・・私が高校2年の12月、夕方散歩に出かけるとペルが突然真っ赤なおしっこをしました。
びっくりして早速、病院へ連れて行くと「レプト病」だとのこと。
「レプトスピラ病?」・・・当時の私は聞いたこともない病名です。
ワクチンも当時はほとんどが3種混合でしたし、
死を意味する病気といっても「フィラリア」「パルボ」「ジステンバー」くらいしか知りませんでした。
死ぬかもしれない病気と聞いて、突然の事に天と地がひっくり返る思いでした。
日に日に食欲をなくし元気がなくなっていくペル。私は往診のたびに「どうかペルを助けてください。」と泣くばかり。
体力の衰えと共に気弱になっていくペルは、私の姿が見えないと鳴き声を上げます。
冬休みに入ると、私は一日中ペルの傍についていました。
でも。。。私たち家族の願いもむなしく、発病から2週間12月28日の朝、ペルはとうとう息をひきとりました。
私の腕の中で、一声高く鳴いて一度呼吸が止まりましたが、「ペルー!ペルー!!!」と大声で呼ぶと再び息を吹き返し、
私の顔をじーっと見て深い深呼吸をし、そのまますーっと息をひきとりました。まだ6才でした。
私はそのとき、生まれて初めて「死」というものを経験しました。
決して大げさではなく、その時は本当に世の中が真っ暗になったような気がしました。
泣いては眠り、目覚めては泣き。。。私は3日間起き上がることが出来ませんでした。
そして、こんなに悲しい思いをするなら、もう二度と犬は飼わない。。。そう心に決めていました。
. 二代目柴犬・ドン
ペルの死から2年。。。
もう二度と犬は飼うまいと思っていましたが、犬のいない暮らしの淋しさに耐えかねて、
私はまたペルのような柴犬を飼おうと思い、ショップを回りました。そこで見つけたのが「ドン」です。
ペルほど利口な子ではありませんでしたが、ドンはとても長生きをしました。
ペルを突然の病気でなくしたことで、私も家族も同じ事を繰り返さないないように色々勉強もしましたし、
幸いドンもとても丈夫な子で、病気1つしませんでした。
結婚のため私がドンと暮らしたのは4年くらいでしたが、その後も両親がよく可愛がってくれました。
ドンは去年の夏、17才で亡くなりました。
耳が遠く後ろ足も弱くなっていた以外は、白内障にもならず歯も全部あり、先生が驚いておられました。
いつものように食事した朝、母が少し留守した間に眠るように亡くなっていたそうです。
自分が死ぬところを母に見せまいとしたのでしょう、最後まで忠実で優しい子でした。
ドンの死はもちろん悲しい出来事でしたが、両親にも私にも「ドンは天寿を全うした。」という思いがありましたし、
ペルの時のような後悔はありませんでした。私はもう「犬は飼わない。」とは思いませんでした。
反対に、この団地暮らしをやめて家を持つ時がきたら、「またきっと犬を飼おう。」と思っていました。
スグレモノの麻袋
麻袋はとても便利です。
何がどう便利なのかというと、汚れてもザバザバ洗えてしかもすぐ乾くので、
犬舎の敷物に最適なのです。前回のお産のときも冬でした。
ヒーターの上に毛布を敷き、その上に新聞紙、そのまた上に麻袋を敷きました。
子犬は日に何回も排便・排泄をしますので朝夕二回、新聞紙と麻袋を取り替えます。
毛布を洗うのは大変な作業ですが、麻袋は朝洗っておくと天気のいい日にはお昼には乾くのです。
うちでは洗い替え用に10枚用意していました。
この麻袋の使い勝手のよさは知人に教えてもらったのですが、
近くのホームセンターにも売ってなくて探すのに苦労しました。
外飼いをされている皆さん、麻袋・・・便利ですよ♪(*^。^*)
子犬たちとの別れ
一昨年、レスカの10匹の子犬たちとの別れは、私にとってとても辛い出来事でした。
家族も寝静まり夜ひとりになると、張り詰めていた気持ちがどっと緩んで
一匹、また一匹と減っていく子犬たちを見ながら、犬舎でポロポロ泣いていました。
10匹もいるとおっぱいが足りないので、一匹ずつ哺乳ビンでミルクを飲ませ、
離乳食が始まれば最初は指で、それから徐々に小さなお団子にして1つずつ口に運んで育てた子犬たちです。
「死」という別れとはまた違った悲しみ・寂しさがあるものですね。
お友達コーナーのマル(アド)をひきとっていただいた奥さんに言われました。
「じゅんこさん、子犬でそんなに悲しんでいたら、三人の娘さんがお嫁に行く時はどうするの?」と。
私はこう答えました。「娘たちは良いんです。自分が選んだ人と勝手に出て行くのですから。
でも、この子達は違うもの。この子は自分で行く先を選べない。
嫌だといって帰ってくることも出来ない。貰われていった先によって、その後の暮らしは天国と地獄ですからね。」と。。。
ありがたいことに、レスカの子犬たちは皆良い方々に飼っていただいています。
今でも遊びに来てくださったり、観賞会でお会いできたりして、本当に良かったと感謝し安心しています。
我が家で生まれた子犬がすくすくと大きくなり、可愛がってもらっている様子が見られるのはとても嬉しい事です。
今回もどうか良い方に飼っていただけますように!・・・・それだけが私の願いです。
レスカ・前回のお産
12月11日。予定日のam9:00過ぎからお産が始まりました。
レスカは、順調にだいたい1時間くらいの間隔で子犬を産んでいきました。
6匹目を産んで、しばらくして「これでもう最後ね。」という事になり、
敷物を全部取り替えていると。。。また、いきみ始めました。7匹目の誕生です。
「ラッキーセブンだったねー。」と言いながらまた片付け始めると、8匹目が。。。
結局、9匹産みました。pm5:00・・・今度は1時間位たっても産みそうな気配がないので
今度こそ終わりだと最後に敷物を取り替え、初めての夜に備えて早めの夕食をとるため、皆一旦犬舎を離れました。
私が後片付けをしている間に娘が様子を見に犬舎に行くと。。。すぐに戻ってきました。
「お母さん、10匹いるよ。」
「ええっ、数え違いじゃないの? 9匹の筈よ。」
「ううん、10匹いるって!」。。。慌てて犬舎に行き数えました。 「1,2,3,4,......10。まさか。。。10匹!!!」
なんと!レスカは1人でまた産んでいたのです。しかもお産したような跡もほとんどありません。
まるで何事もなかったかのように、10匹の子犬たちにおっぱいを与えています。
へその緒を自分で噛み切って、胎盤も跡形もなく食べてしまって・・・・。だぁれも教えないのに、本能ってすごいですね。
でもまさか! あのお腹に10匹もいたなんて誰も思いもよりませんでした。
犬を通じて
九州ボクサークラブの観賞会がありました。
レスカの前回のお産で生まれ、県内にいる8頭のうち5頭が、飼い主さんに連れられて参加してくれました。
それぞれの家庭で、家族の一員として可愛がってもらっている犬たちを見ると、
本当に嬉しい気持ちでいっぱいになります
レスカの子犬を通じて知り合った飼い主さん同士も、和気あいあいと交流を深め、
着実にボクサーを愛する人々の輪も広がってきています。
子犬の時に足を骨折したため、今回が初めての参加になったクレスちゃん一家も、
違和感なく皆さんの中に溶け込んでおられました。
初対面の人同士が、すぐに打ち解けられる。。。これも、可愛い犬たちのお陰です。
ボクサーマジック・・・とでもいったところでしょうか。(*^。^*)
子犬を手放した後も、このようなお付き合いができるというのは、繁殖した者としても、とてもありがたいことです。
今回の子犬たちも、そんな飼い主さんのもとに行けますように。。。と、願うばかりです。
楽しそうな犬たちや、飼い主さんたちを見て、なんともいえず幸せな気持ちになった1日でした。
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