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子犬の名前
レスカのお腹はますます大きくなってきました。予定日まで後2週間です。
前回の初めてのお産では、10匹もの子犬を産みました。
ファウンからブリンドルまで色も様々でした。フロイダアイン犬舎第一号の子犬たちです。
皆、Aのつく名前にしなければなりません。
♂アルボ、アット、アド、アール、アルト、アーロ。♀アデラ、アデイー、アニタ、アルマ。
ところが・・・10匹もいると覚えきれないのです、名前と顔が一致しない。。。(T_T)
そこで、それぞれ生まれた順番や毛色の特徴でニックネームをつけました。
ハデオ、ジミオ、6番、10番、トラ、ブイ、ハデ子、ジミ子、北海道、4女。。。という具合です。
10匹も生まれると、母乳が足りないのでミルクを与えますから、
どの子に何cc飲ませたか離乳食をどれくらい食べたかなど、きちんと把握しておく必要があります。
当たり前の事ですが、名前がわからないと記録できませんからねー。
今度はBのつく名前を考えなければ。あのお腹ではまた、たくさん産みそうな気がします。
また、名前辞典を見ながら考えておかないと。ニックネームは産まれてから・・・。
でも、名前を考えるのって楽しくてウキウキしますよね? (*^。^*)
レスカの娘・スーチー
早いものでレスカの子供たちも、あと2カ月足らずで2才になります。
今日、嬉しいニュースが届きました。 レスカの娘・スーチー(アデラ=北海道)が、交配したとの事。
体は大きくなっても、私にとっては小さい「北海道ちゃん」のままです。
その北海道がママに・・・なんだか私もおばあちゃんになるような気分です。
スーチーはとても賢い子で、PDの訓練試験に素晴らしい高得点で合格しました。
しかも訓練所には入らず、飼い主さん自らが訓練を入れ、二人三脚で頑張ったのです。
スーチーもよく頑張りましたが、それ以上に飼い主さんの努力と忍耐には頭が下がります。
自分の犬に自分で訓練を入れる。。。これこそ本当に理想的なことですよね。やれば出来るというお手本です。
スーチーの出産予定日は12月23日。生まれたらこのHPでもご紹介します。
どんな子犬を産んでくれるかとっても楽しみです。(*^。^*)
犬舎の消毒
犬舎は、朝晩水を流してデッキブラシで掃除していても、やはり臭いはあるものです。
子犬が生まれたら暫くは動かせないので、レスカのお産前に消毒をすることにしました。
犬舎の床は、頑丈な木の床でかなり重いのですが、3分割して取り出せるように作ってあります。
まずパンチを張ったコンパネを取り出して、洗剤を振りかけデッキブラシでゴシゴシ洗い。
床を取り出した犬舎はコンクリートなので、クレゾールを数滴落として水を出しながらデッキブラシで流します。
鼻をつくクレゾールの臭いに「綺麗になったわ。ん、ん〜清潔!!!」と満足感。
これで準備は万全です。(*^。^*)
レスカの特別メニュー
普段の食事は朝夕2回、ドッグフードと牛乳です。
出産予定日まで二週間をきったので、今日から産後体重が元に戻るまで特別メニューです。
何を特別にするかというと。。。普段の食事に「鳥胸身or牛肉のミンチ」と「ヨード卵光」を加えるのです。
これから食べる分は、お腹の中の赤ちゃんの分です。良質の栄養をたっぷりとって、健康な子犬を産んでもらわねば。。。
これだけやっていても産後はげっそりと痩せます。
背骨はズラッと顔を覗かせ、あばら骨も出ます。見ていて本当にかわいそうです。
自分の骨身を削ってお乳を出し、子犬に与えるのです。
人間も犬も同じ、これだけ体を痛めて出産するのですから安易な交配はさせられませんよね?
大事な大事なレスカです、誰でもいいというわけにはいきません。
あの素晴らしいナイスガイ、クロードが近くにいてくれて本当にラッキーでした (*^。^*)
店先の老犬
知り合いの焼肉店の店先には、いつも年老いた犬が寝そべっています。
リードも何もありません、放し飼い状態です。
慣れているのか年のせいなのか、
たまに声を掛けたり頭を撫でてくれるお客さんにも全くの無関心で、いつもただ寝ているだけです。
ブラシをかけて貰っている様子もなく、しょぼくれていてお世辞にも綺麗な犬には見えません。
「もっと手を掛けてあげればいいのに。。。」と可哀想に思う人もいるかもしれません。
でもあの犬は、きっとこのままあの店先で穏やかに一生を送るでしょう。最後のその日まで。
反対にピッカピカに手入れされて、
蝶よ花よと大事にされていても色々な事情で、飼い主がクルクル変わる犬もいます。それなら。。。
毎日ブラシをかけてもらえなくても、朝晩散歩に連れて行ってもらえなくても天命を全うするその日まで、
店先でもいいからずーっと同じ家で家族と一緒にいられるほうが幸せじゃないかと、あの老犬を見るたび思うのです。
犬が怖かった私
子供の頃の私は、犬が怖くて怖くて。。。繋がれていない犬がいる道は通る事さえできませんでした。
そんな私を心配して、両親が知人から貰ってきてくれたのが柴犬のペルでした。
ぬいぐるみのような小さな子犬が可愛くて可愛くて、散歩からご飯の世話まで全部自分でやりました。
当時、小学校4年生。今のように犬の本も多くはありませんでしたが、NHKが出版していた本を買って、
「おすわり」「まて」「ハウス」を一生懸命に教えたのを覚えています。
ペルはとても賢い子で、子供だった私のいう事でもよくきいてくれました。
今考えてみても、本当に頭のいい優しい子だったと思います。
ただ花火と雷が怖くて、夏の夜、近所の広場で子供たちが打ち上げ花火を始めるとクンクン鳴き始めます。
私はそのたびに、外飼いだったペルの傍で蚊に刺されながら、
「大丈夫よ。すぐ終わる・・・」と花火が終わるまでついていたものでした。
ペルと私は、今の主人とレスカのように固い絆で結ばれていました。
ペルとの出会いが、あんなに犬が怖かった私を変えたのです。
そのペルが亡くなったのは、私が高校2年生の冬休みの事でした。。。
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