お母さんの ひとりごと


      毎日の暮らしの中の出来事や、

      感じたことなどを思いのままに書いています。

      皆さんの「ひとりごと」........聞かせていただけたら嬉しいです♪
 宮崎観光

堀切峠
神戸からボニー父母がいらっしゃいました。

里帰りも今回で4回目になるとのことで、もうそんなになるのかしら?と

驚くと同時に、ボニーを迎えてくださってから毎年1回は、遠路はるばる

宮崎まで足を運んでくださったことを思うと、本当にありがたく、嬉しくな

りました (*^^)v 

さらに、初めて宮崎を訪れたのは新婚旅行の時だったとお聞きして、

今回は、ボニー父母の20数年前の新婚旅行を再現すべく、早朝から

「宮崎観光」に出かけました♪

宮崎に住んでいながら、こういうことでもないと観光名所を訪れることは

ありません。私たち夫婦にとっても、実に10年振り(.....いいえ、それ以上かもしれません)の鵜戸神宮や都井岬は、とても懐かしく

新鮮に感じられ、楽しい一日になりました ヽ(^o^)丿

鵜戸神宮

写真左/楼門風景中/本殿前、右/御本殿のある窟内部

ヒコホホデミノミコト(山幸彦)と海神の娘(トヨタマヒメ)の息子・ウガヤフキアエズノミコトが祀られていて、

安産、夫婦円満、育児、漁業、航海、縁結びの神として、古くから信仰を集めています。


御本殿前の海に浮かぶ、豊玉姫が竜宮から乗ってきたと言われる霊石亀岩(写真・中)

この背中に運玉(直径2cm程の素焼きの玉/5個100円)を投げ、見事にとどまると願いごとが叶うという伝えがあります。

男性は左手、女性は右手で投げます。ボニー母が放った運玉は、なんと2個も亀の背中にとどまりました!素晴らしい ヽ(^o^)丿 

正月三が日は 約二十万個の運玉が投げ込まれるそうです。


飫肥城
朝の連続テレビ小説の一舞台となっている日南市・飫肥城(5万1千80石)。

城内のいたる所に天を突くようにすっくと立っている飫肥杉が、なんともいえず荘厳な雰囲気でした。

飫肥城大手門(写真・右)は、飫肥杉を使用し、釘を一切使用せず作られているそうです..... ( ..)φメモメモ


都井岬
国の天然記念物に指定されている「都井の野生馬」(写真・左)

2004.4.2現在、115頭が確認されているそうです。

灯台の駐車場で、観光客に遠巻きに囲まれて、写真を撮られてい

ましたが、そんな場面にもすっかり慣れている様子で、我関せず。

黙々と草を食んでいました。


灯台から下る道すがら、十数頭ほどのサルの群れが、道端で日向

ぼっこをしていました (写真・下)小さな子猿を胸に抱いたり、お腹

に抱いて歩いている母猿が5頭いました。

指を咥えて母猿に抱っこされている小猿は、まるで人間の赤ちゃん

のよう。とても可愛かったです(^_-)-☆

今日の一日を通じて、県外の行楽地ばかりに目を向けるのではなく、

たまには、地元宮崎の名所をじっくり見て回るのも楽しいものだと実感しました。

今回の宮崎観光。娘たちは、週明けから始まるテストのために、一緒に出かけることが出来ませんでした。

絵梨子と成美の受験が終わり、4月、絵梨子が上京する前に、是非もう一度、家族で出かけようと思いました。

2004.10.10

 熱帯魚 V


60cm水槽 A
エンゼルフィッシュ3尾、カージナルテトラ30尾、ヤマトヌマエビ8尾
コリドラスエレガンス8尾、オトシンクルス5尾



60cm水槽 B
エンゼルフィッシュ×4、ヤマトヌマエビ×8、
コリドラスシュワルツィ×5





今年8月、二女の一言で再開した熱帯魚飼育でしたが......

すっかりハマってしまったのは私のほうで、今や水槽が4つ

に増えてしまいました。

毎日の世話や週末の水替え等も、娘と二人で無理なくこな

し、私たちなりのアクアライフを満喫しています。

最初にやってきた魚たちの成長もさることながら、3ヶ月を経

過して一番驚いているのは、水草の生育状態の良さです。

恥ずかしながら、以前の私の水槽では、こんなに水草が生い

茂ったことはありませんでした。

エキノドルス系の水草は、次々にランナーを伸ばして子株を付

け、有茎種にいたっては、見る間ににジャングル状態。

有茎種中心の45cm水槽は、もう3回もリセットしました。

今回、熱帯魚飼育を再開するにあたり、初めてサンド系の敷

き砂を使用したのですが、水草の生育状態の良さは、この敷

き砂に因るところが大きいと思っています。

以前は、敷き砂と言えば大磯砂が主流で、私が通っていたシ

ョップには、こんな敷き砂は置いてありませんでした。

飼育用品もどんどん進化しているのですね。

私のような初者には、嬉しい限りです。


11月初めにやってきたグッピーも、はや1ヶ月足らずで産仔し、14尾の可愛い稚魚が元気に泳いでいます。


水槽には敢えて産卵箱を設置せず、自然繁殖をさせようとマツモを水面に浮かべているのですが、良い結果になりました。

もう2週間もすれば性別が判別できるようになり、さらに3週間ほどで体に色が出てきます。美しく成長してくれると良いのですが....。

早くも、近々、グッピー水槽がもう一つ増えそうな予感がしています(^_^;)


水の揺らめき、水草の緑、魚たちの生き生きとした優雅な泳ぎetc......。一日の仕事&家事を終え、コーヒーを片手に長々と椅子に

足を投げ出して水槽を眺めていると、頭が空っぽになって、時間を忘れてしまいます。

水槽の前で ”ただ、ぼーっとしている.....” そんな時間に、とても癒されているような気がします。  2004.12.5



45cm水槽
ハニードワーフグラミー×5、 ラミーノーズテトラ×15、
ネオンドワーフレインボー×15、アベニーバッファー×3、

コリドラスパンダ×3 コリドラスエレガンス×2 
オトシンクルス×4 ヤマトヌマエビ×6 

30センチキューブ グッピー水槽
国産グッピー3ペア(オールドファッションモザイク、
ブルーモザイク、タイガーアクアマリン)
グッピー稚魚×14、ヤマトヌマエビ×3

 可愛い リコちゃん♪
リコは不思議とちょっとでも高いところが好きなようで、ソファに寝るとき

も、わざわざクッションの上に寝ています。リビングのジュータンに置かれ

た分厚い電話帳の上にに座っていたり、台所の床の上に置かれていた

ソーメンの箱の上にちょこんと座っていたこともありました。

そして今日、夕食の準備をしていて、ふと振り返ると........。

リコがちょこん♪と、玉ねぎの載ったお盆の上に座っていました。

「きゃ〜なんて可愛いの!ほらカメラ、カメラ!」

そうして写した写真がこの写真です。私が台所に立つと必ず付いてき

て、キッチンマットの上で食事の支度が終わるまで待っているのですが、

リコは今日、”キッチンマットより高いところ” を見つけたのです。

玉ねぎと一緒のリコがあんまり可愛かったので、リコがそこから移動するまで、お盆を仕舞うのを止めました(^_-)-☆  2005.1.16

 ファルコの旅立ち



1月30日。生後5ヶ月でファルコが我が家を旅立っていきました。

難産の末に、たった1頭で生まれてきたファルコ。

お乳は沢山飲んでいるかしら?ウンチは綺麗な色かしら?etc.....、

私の1日は全てファルコを中心に動いていて、それはもう可愛くて可愛くて......。

このまま家の子として残そうか、と真剣に考えたこともありました。

でも、レスカのこと、ポルダのこと、ファルコの将来etc......、長い目でこれからのこと

を考え、家族で話し合った結果、”ファルコを是非に!”と望んでくださる方の元へ託

すことにしました。


旅立ちの朝、私はファルコを連れて最後の散歩をしました。

いつもは3頭揃って出掛けるのに、今日はどうしてボクだけなんだろう?と、ファルコ

は最初、不思議そうに何度も犬舎を振り返りました。

am8:00過ぎ。生まれて初めてバリケンに入れられたファルコは、不安げにクンクン

鳴きましたが、私は「大丈夫よ。」と声をかけてやることができませんでした。

車窓の外には、一緒に歩いた田んぼ道、跳ぶ様に駆け回った河川敷が広がり、

もうファルコがここを走ることはないのだと思うと、それだけで胸が一杯になって、

口を開いたら涙声になってしまいそうで.....。しばらく主人も私も無言でした。

仔犬を不安にさせないように、「見送る時にはいつもの笑顔で♪」と、固く心に誓う

のですが、今まで守れたためしがありません (>_<) 

ダメなお母さんでごめんね、ファルコ。


5ヶ月間も一緒に居ると、それだけ思い出もたくさんあります。

花壇の植え込みに転がったボール、掘り返された垣根の根元、片方だけなくなった軍手、ガリガリ齧られた犬舎の扉、そして

いつもファルコを膝に抱っこして腰掛けていたベンチetc.......。それらを見るたびファルコのことが恋しくて、涙〜涙の数日間でし

たが、先日、ファルコの近況を記したメールをいただいて、やっとキッパリ!「子離れ」ならぬ「ファルコ離れ」をすることができま

した。
ファルコの日常が目に浮かぶような温かいメールを読んで、私の杞憂はいっぺんに吹き飛びました。

仲良く遊んでくれる黒芝のBON君、シッター役を引き受けてくれた石松君、毎朝の散歩で出会う大泉公園のお友達、そして、いつも一

緒に居てくださる優しいご家族に囲まれて、ファルコは幸せに幸せに暮らしていました。

ファルコはきっと、今まで以上に天真爛漫、伸びやかに成長し、皆さんに愛される立派なボクサー犬になってくれることでしょう。

そしていつの日か再会できたなら、ファルコは私のことを覚えていてくれるでしょうか.....。


レスカと私の散歩コースには、未だに旅立ちの朝のファルコのウンチが残っています。

実家の田んぼの脇道なので、そのまま取らずにおきました。朝夕その場所を通るたびに、「レスカ、ほらファルコのウンチだよ〜。」と言い

ながら歩く私は、多分、とっても”変!”ですね (^_^;) でも、ファルコの......だと思うと、ウンチさえ懐かしく思えてくるのです......。


ファルコの誕生後、お問い合わせを下さったり、電話やメールで何かにつけてファルコのことを気にかけてくださった皆さん。

お陰さまでファルコは無事に我が家を巣立ち、新しいご家族の元で幸せに暮らしています。

本当にありがとうございました。心からお礼を申し上げます。  2005.2.7



(左)旅立ちの朝、犬舎にて。  (右)宮崎空港にて......離着陸の轟音にびっくりしているファルコ。


 小さな手紙

寝室の洋服ダンスの、一番上の左側の引き出し.......。

そこは私の宝物を入れる場所。そこには、小さく折りたたまれた手紙がたくさん入っています。

色とりどりの色紙に書かれたもの、ノートの切れ端もあれば、可愛いメモ用紙や、きちんと封筒に入った便箋もあります。

それらは我が家の3人の娘たちからの、小さな手紙の数々です。

娘たちは、主人と私の誕生日や記念日、父の日・母の日、叱られた翌日や、入学・卒業などの節目など、その時々に手紙を書

いてくれました。いつも決まって、そっとベッドの枕元に置かれていて、娘たちが寝静まった後、主人と二人、笑ったり、時には

ウルウル....(T_T)ホロリとしながら、嬉しく読んだものです。
「お父さん、私たちのために毎日お仕事してくれてありがとう。体に気をつけてください。」

「お母さん、毎日ご飯を作ってくれてありがとう。お仕事がんばってね。」手紙の最後は、いつもこう結ばれていました。

読み返してみると、大きくあどけない文字が、いつの間にか小さくなって、だんだん整然とした美しい文字に変わっていく様に、

懐かしさと共に、過ぎ行く時の流れを感じます。


中学生になり、高校生になるにつれ、最近ではそうした手紙の数もめっきり減りましたが、卒業

式を迎えた今日、絵梨子が手紙をくれました。

中学を卒業した時、枕元に置かれた手紙を貰って以来、3年振りの手紙で、水仙が描かれた

美しい和紙の便箋に、絵梨子の綺麗な縦書きの文字が並んでいました。

「お父さんへ」「お母さんへ」と、別々に書かれた手紙には、それぞれに今までの感謝の気持ち

と、上京後の決意が綴られていました。

それは、もう私がタンスの引き出しにしまっていた「小さな手紙」ではなく、いつの間にかまばゆいくらいに成長した娘の、自信

と希望に満ちた、実に晴れ晴れとした”旅立ち”の手紙でした。でも.......。

少しずつ親離れをはじめ、やがて自立していく子供たち。その力強い巣立ちの時を喜ぶべきはずなのに、なぜか寂しさを拭い

去ることができません。ベッドの枕元に「小さな手紙」を貰っていた頃、あのあどけない文字が、どうしようもなく愛しく懐かしく思

えて仕方なくて.........(+_+) .私が「子離れ」する日は、まだまだ先のようです。
 

この次、こうして手紙を貰うのはいつのことだろう。看護学校を卒業する時?それとも結婚式の時かしら......などと思いをめぐら

せながら、絵梨子の手紙を読んでいる主人に目をやると、その目からは熱いものが......。 そして、ポツリとつぶやきました。

「絵梨子も、大人になったんだなぁ。。。」     2005.3.1



 田植え



今日は実家の田植え。早期水稲用の約80アールの田んぼ3枚に、コシヒカリを植えました。

毎年、おやつ&食事当番の私ですが、腰を痛めた義母の助けになればと、今年は張り切って田んぼに出ました。

ジャージーにウインドブレーカー、ほっかぶりに長靴と手袋。見かけだけは、やり手の”農家の嫁”といういでたちです(*^^)v

そこに今年は、初めて我が家の三人娘も加わりました。


私たちの仕事は、植える前の苗箱に顆粒状の肥料を撒くこと、畦に置かれた植え終わった苗箱を片付けること。

そして、田んぼに入って、田植え機で植えられなかった四隅や変形したスペースに、苗を植えることです。

3月といっても、田んぼの水は冷たくて、最初は「きゃ〜冷たい!」と悲鳴を上げました。手も足も真っ赤になりましたが、やがて冷た

さにも慣れてきて、ぺちゃくちゃ〜ぺちゃくちゃおしゃべりしながら、空いたスペースに苗を植えていきました。

それにしても、20cm以上も深く泥につかりながら、苗を手に腰をかがめて歩いていくのは、本当に疲れる作業です。

もう随分進んだつもりで顔を上げると、「こんなに長かったかしら?」と思えるほど、向こう岸の畦はずっと遠くにあって.......(>_<)

3時のお茶の頃には、おしゃべりな娘たちも無口に......(^_^;) かく言う私も、腰が痛くて足がだるくて、話す元気もなくだんまり......。

「年中こんなことやってるおじいちゃんたちって、凄いね〜!尊敬する。」 

頑張った甲斐あって、夕方、予定より早い時間に全ての作業を終えました。

慣れない作業で、私と娘たち4人でやっても、多分、二人分の仕事しかできなかったでしょうが、両親はとても喜んでくれました。


「これからは毎年、私たちも手伝うわ。

 おじいちゃんにはお父さんが居て、こうして手伝ってあげてるけど、お父さんには私たちしか居ないんだもんね。」

「そうね、女4人で頑張ろう!」
..........と、決意を新たにした渡辺家の一日でした(^_-)-☆     2005.3.26